第1話:幼少期編 ― 灰色の病室から始まった、自由と創造の芽
病室に寄り添ってくれたピンクのパジャマ
3歳の頃、喘息で入退院を繰り返していた私は、
薄暗い病室で過ごすことが多かった。
灰色の壁に囲まれながらも、
心に寄り添ってくれたのは
ピンクの柔らかい生地のパジャマ。
30年以上経った今も、
あの肌触りと色合いをはっきり覚えている。
母は妹の世話や家事、仕事で忙しく、
父も仕事で不在がち。
病室にひとり残される寂しさを抱えながらも、
その小さなパジャマに安心を求めていた。
それでも私は自由だった。
保育園の参観日、
お遊戯をせずに母のそばに座って
みんなの踊りを眺めていたこともある。
「協調性がない」と言われても意味は分からなかった。
ただ、本当にやりたいことを選んでいただけだった。
提案すること、遊びに没頭することの喜び
幼稚園の運動会で、
ダンスの振り付けを決める時、
みんなが黙っている中で
次々と提案した。
先生が
「かなちゃんすごい!ありがとう!」
と褒めてくれた瞬間、
心が温かく満たされた。
土で団子を作ったり、
ペンを水に浸して色水を作ったり、
ルールを超えて没頭する遊びの時間は
最高の幸せだった。
遊びもおやつも、
ひとりでも友達とでも
「今やりたいこと」に夢中になれる日々。
私の原点はここにある。
褒めてもらう喜びと、母の存在
7歳から習字を始め、
毎回のように金賞を取り続けた。
8歳では美術館に自分の絵が飾られ、
9歳では環境の絵のコンクールで表彰された。
母はいつも温かく褒め、喜んでくれた。
「母の喜ぶ顔が見たい」
その思いが、私の原動力だった。
宿題を忘れることは多かったけれど、
母は決して強制しなかった。
その自由さと信頼が、
私の中の「創造する力」を
伸ばしてくれた。
両親の離婚危機がもたらした恐怖
小学校3年生の時、
両親が離婚の危機に。
毎日が不安でいっぱいになった。
「名字が変わるのかな」
「友達と離れるのかな」
「父と会えなくなるのかな」
知らない土地へ引っ越すかもしれない
その想像だけで胸が苦しかった。
安定を失う恐怖が、
幼い私を支配していた。
幼少期からの気づき
幼少期の体験から、私は大切なことに気づいた。
• 0から1を生み出す力
まだ存在しないものを、
自分の中からアイデアとして生み出すのが得意。
• シェアする喜び
豆笛を摘んで友達に渡したように、
今では情報や体験を分かち合うことに幸せを感じている。
• 自由であること
やりたいことを選び、
やりたいように表現する。
それは子どもの頃から変わらない根っこ。
• 一緒に幸せになること
ひとりで楽しむのも好きだけれど、
誰かと分かち合って
「一緒に幸せになる」ことが一番の喜び。
読者へのメッセージ
灰色の病室でも、
私に寄り添ってくれたのは
一枚のピンクのパジャマだった。
それは私に教えてくれた。
「どんな環境でも、
自分を支える色や安心は必ずある」
幼い頃の小さな体験は、
人生の宝物になる。
「自分のやりたいことを選んでいい」
「自由でいていい」
「分かち合う幸せは、人生を豊かにする」
――それが、幼少期から学び、
今も大切にしていること。
次回は、思春期の揺れ動く心と、
その中で見つけた「表現する力」についてお話しします。
